未診断ですが、妹(私)の目から見て 境界知能で自閉症スペクトラム、ADHD要素も強い兄の小学校時代についてです。
前回↓
小学校1~6年生
2学年差で小さい学校だったので、兄の様子はよく分かりました。
真面目で勉強にはギリギリついていけていた(?)
テストでは60~80点くらい。
豆テストでは100点を取ることもたまーにあった気がします。
国語は真面目さでカバー。
算数が一番苦手。
丁寧に書くので注意は受けないが字は汚い方
文字のバランスが取れず、絵も苦手でした。
板書も遅い。
運動神経はよくない
運動神経がよくない上に怖がりなので、上り棒や跳び箱など怖がっていました。
スイミングだけは習っていたので人並みには泳げたので、それをよく自慢していました。
忘れ物が多く、ランドセル・机の中はごちゃごちゃ
机の奥底でレーズンパンの食べ残しにカビが生えてるタイプ。
ランドセルの底でプリントがぐちゃぐちゃになっているタイプ。
もろADHDの不注意タイプ(他の要素もあって)
でも、時代もあってか先生も全く注意しないし「男子あるある」で片付けられていました。
正義中毒(正義厨)
ちびまる子ちゃんでいうところのマルオ君や前田さんのような所もありました。
融通が利かない、ルール違反を見逃せない。
これも発達障害(自閉症)あるあるでもありますが、普通に注意するのとは違う
空気の読めなさ
タイミングの悪さ
自分のことは棚に上げる
など独特な雰囲気があります。
私の友だちと遊びたがる
こう書くと気持ち悪いですが、この頃はさすがに「女の子目当て」という訳ではないと思います。
母が言うには、兄が保育所の年長で私が年少の時くらいから同級生と遊ばず私や私の友だちと遊んでいたそう。
これは発達障害あるあるの一つなのですが、同学年とは精神年齢が合わず
❝自分に合わせてくれる❞年上
や
❝コントロールできる、もしくは遊びの種類や精神年齢が同じくらいと感じる❞年下
と遊びたがるんですよね。
兄が5年生になる頃まで私の友だちと遊ぶことは続いていました。
私の友だちも「年上のお兄ちゃん」ではなく、むしろ年下の子くらいの感覚だったと思います。
私もそうだったので。
私は小2くらいの時には兄の精神年齢は越していた感覚がありました。
兄を下に見ていたというと偉そうかもしれませんが、これは発達障害が、とか境界知能が、という話ではなく兄の性格の問題です。
少なくとも小学校の6年間は
癇癪もちでヒステリック
気に入らないことがあると怒ったり、グズッたり、わがまま言ったり、泣いたり、私や母に対しては叩いたり蹴ったり暴言を吐いたり。
とにかくいつまで経っても幼稚園児みたいでした。
兄は学校では優秀ではないけど真面目で大人しかったので
(今思えば兄も過剰適応状態でしんどかったんでしょう)
兄が傍若無人になるのは家、親戚の家、登校班などが主でした。
登校班でいえば一つ今でもはっきり覚えている事件があります。
登校班での事件
兄が4年生、私が2年生の頃の話です。
小学校へ向かっている途中、小さな公園があるのですが、何人かの子が
「今日はこの中通ろう~」
と言い始めました。
私も「わーい」
と言って便乗して、兄以外は全員それに従いました。
令和の今ならアウトかもしれませんが、今から30年前
「登校班は必ず通学路から外れたらいけません!」
と徹底されていなかったゆるーい時代です(私の地元だけ?)
多分、公園を横切ったことが学校にバレても怒られることはなかったと思います。
公園を通ったら近道という訳でもないけど、遠回りでもない感じ。
公園といっても団地の一角に付いてる滑り台と鉄棒だけあるような狭い公園です。
反対する子は誰もいませんでしたが、兄だけ「いやだ!公園は通らない!」と言い張り、その場にうずくまり泣き始めました。
私を含め大半の子は、兄が泣き始めたのに気付かず公園を横切り終えていたので
「○○(兄)くんが言うから、じゃあ戻って元の道を通ろう」とはなりませんでした。
それに兄の今までのパターンから考えると、戻ってやり直したところで機嫌は直らないだろう、と長い付き合いの登校班メンバーなら分かっていました。
今まで、大きな事件はありませんでしたが、融通効かない、わがまま、面倒、正義厨な言動にみんなうんざりしていたので。
私もそんな兄が自分の兄であることを恥ずかしく思っていたし、家族に対してそういった感情を持つことに罪悪感も感じており、もう色々ひっくるめてストレスでした。
(当時は自分の気持ちも言語化できずイライラ・モヤモヤしていただけですが)
偉いもので班長さんが兄に駆け寄ってくれ
「みんなは先に行ってて」
「〇〇君(兄)のお母さんを呼んでくるから」
と指示を出してくれました。
私は「あーあ…」
という恥ずかしいようなもどかしいような気持ちで、兄を置いて歩いて行った記憶が残っています。
母に聞いたところ、班長さんに呼ばれて兄を引き取りに行き、兄はその日遅刻して学校には行ったそうです。
班長さんは母と兄が合流したのを見届けてから一人で学校に向かったそうで
…
今思えば私が母を呼びに行くべきだったかもしれません。
申し訳ない。
何年も経ってから母が
あの時「みんなの方が悪いのに!」とグズグズする兄の話を聞きなだめるのに2時間はかかったわ(やれやれ)
と言っていました。
今思うと正義中毒という特性と自閉症スペクトラムの
「こだわり」
「いつもと同じを好む」
辺りの特性が合わさった結果だと思います。
兄も「いつもとは違うけどみんなが楽しそうだから僕も」みたいな時もあったんです。
夕方のチャイムが鳴ったけど、あと10分だけ遊ぼう、みたいな軽いルール違反とか。
※空気を読んでルール違反をするべきという訳ではありません。
でも、気持ちにムラがあるというか。
この登校班事件の頃はクラスでもうまくいっていない時期で、自己肯定感も下がって〈心に余裕〉があるときにだけ現れる〈臨機応変〉というアイテムを使えない状態だったんだと思います。
コロナ禍の今だと「自粛警察」「マスク警察」でしょうか。
それらが悪いという訳ではありませんが、過剰な取り締まり、100/0の考えは危ないと思いませんか?
他にも兄の「ルーティーンを崩せないエピソード」は色々あるのですが、思い返せば全部似たような顛末で。
つくづく兄が発達障害早期発見・早期療育の今の時代に生まれていたらもうちょっと違ったのではないか、私もこんなに悩んだり暴言暴力に苦しめられることもなかったのではないか、と考えてしまいます。
前にも書きましたが、この漫画が事例が多いのでいろんな子のパターンが載っていて良かったです。
原作者の宮口先生の提唱するコグトレには賛否あるみたいですが、境界知能、知的境界域という言葉を広めてくれた功績は凄いと思います。
続き↓
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